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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)3189号 判決

第六六号事件控訴人・第三一八九号事件被控訴人(第一審原告) 白井三夫

第六六号事件被控訴人(第一審被告) 国

代理人 櫻井登美雄 松本智 ほか二名

第六六号事件被控訴人・第三一八九号事件控訴人(第一審被告) 白井長利

主文

昭和五八年(ネ)第六六号事件について

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

昭和五七年(ネ)第三一八九号事件について

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一審原告代理人は、昭和五八年(ネ)第六六号事件につき、「原判決中第一審原告敗訴部分を取り消す。第一審原告に対し第一審被告国は金三〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を、第一審被告白井長利は金二八〇万円及びこれに対する昭和五一年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告らの負担とする。」との判決を求め、昭和五七年(ネ)第三一八九号事件につき第一審被告白井長利の控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告白井長利代理人は、昭和五七年(ネ)第三一八九号事件につき、「原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決を求め、昭和五八年(ネ)第六六号事件につき第一審原告の控訴棄却の判決を求めた。

第一審被告国代理人は、昭和五八年(ネ)第六六号事件につき第一審原告の控訴棄却の判決を求めた。

(第一審原告の主張)

1  第一審原告(以下単に「原告」という。)は、第一審被告白井長利(以下単に「被告長利」という。)から昭和三〇年一一月一日に同人所有にかかる別紙目録記載土地(以下「本件土地」という。)ほか二一筆合計二二筆の土地の贈与を受け、同月二八日に宇都宮地方法務局芦野出張所において右土地につき右贈与を原因とする所有権移転登記申請(以下「本件登記申請」という。)をなし、同日同出張所から同出張所昭和三〇年一一月二八日受付第八〇九号の登記済受付印の押捺された登記済権利証の交付を受けた。

しかるに、原告に対し右のように登記済権利証が交付されたにもかかわらず、本件土地については原告に対する所有権移転登記が実行されず登記簿上依然として被告長利が登記名義人のままの状態で放置されていたところ、これを知つた被告長利は昭和四七年九月二〇日に本件土地を訴外仲上力蔵に売却し、同年一〇月一四日に同人に対し宇都宮地方法務局那須出張所昭和四七年受付第一九四八八号をもつて右売買を原因とする所有権移転登記が経由された。その結果原告に対する本件土地の贈与は履行不能に帰し、原告は本件土地の所有権を失い少なくとも右仲上に対する売買がなされた昭和四七年九月二〇日当時の本件土地の価額三〇〇〇万円相当の損害を被つた。

右述のとおり、宇都宮地方法務局芦野出張所の登記官は原告の本件登記申請を受理し登記済権利証を発行しておきながらその旨登記簿へ記入すべき義務を怠りこれを遺漏ないし遅延していたものであるところ、原告の被つた右損害が登記官の右喪失に起因する(申請にかかる登記の遺漏ないし遅延がある場合にその間第三者の申請による登記の実行により先行申請者の一旦取得した権利が喪失するといつた事態が生ずることは当然であり―登記の遺漏等がなければかかる問題を生ずる余地はない―このことは登記官において予測可能なことである。)ものであることは明らかであり、登記官は第一審被告国(以下単に「被告国」という。)の公権力の行使にあたる公務員であるから、同被告は原告に対し国家賠償法一条に基づき右損害の賠償をすべき義務がある。また、被告長利は、原告に対し本件土地を贈与し、その登記名義を移転すべき立場にありながら、登記官の過失により登記名義が自己に残つていたことを奇貨とし、あえて本件土地を訴外仲上に売却し同人に対し所有権移転登記を経由し原告の所有権を侵害したものであるから、民法七〇九条に基づき原告の被つた前記損害を賠償すべき義務がある。しかして、原告の被つた損害は被告らの右相関連する行為により発生し右各行為と相当因果関係に立つ損害であるから、被告らは原告に対し連帯(不真正連帯)してこれを賠償すべきものである。

よつて、原告は被告らに対し各自金三〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五一年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被告国の除斥期間経過による損害賠償請求権消滅及び過失相殺の主張はいずれも争う。

登記官は登記簿上利害関係を有する第三者が出現するまでは申請に基づく登記を実行する義務を免れないものであるから、本件の場合訴外仲上に対し登記が経由された昭和四七年一〇月一四日まで登記官の違法行為が継続していたものというべきであり、また、民法七二四条後段の二〇年の期間は除斥期間ではなく時効期間と解すべきであるが、いずれにしてもその起算日は加害行為ないし違法行為終了のときではなく権利行使の可能なとき、すなわち損害発生時(本件の場合は訴外仲上が移転登記を経由した右昭和四七年一〇月一四日)と解すべきである。

つぎに、登記申請をしてこれが受理されれば、当該登記手続は誤りなく実行されたものと信じ、ことさら右に関し調査をしないというのが平均人の常識(ことに原告は農業に従事するもので不動産取引、登記手続について特別な知識などは有していない。)であり、財産保全措置を怠つたとする非難はあたらない。また固定資産税は所有不動産に対し一括して課税通知がされるので年度によりその額に多少の変動があつても、右の場合と同様これに対しことさら疑問をもつて調査をすることなどはしないというのが常識的な態度である。

(被告国の主張)

1  原告主張事実のうち、被告長利が原告に対し本件土地を贈与したこと、原告主張の登記済権利証が存すること、原告主張の経緯により本件土地が被告長利から訴外仲上に売却されその旨の所有権移転登記が経由されたことは認めるが、本件土地の価額は否認、その余の事実は不知。登記官に過失があり被告国に国家賠償法一条に基づく損害賠償責任があるとの主張は争う。

原告主張の損害発生の原因行為となりうる登記官の行為は、本件登記申請に対する登記の遺漏ではなく(右登記の遺漏によつて直ちに原告が本件土地の所有権を失うことになる訳ではない。)、右の状況下において訴外仲上への所有権移転登記申請を受理しこれを実行(登記簿へ記入)したことであるというべきところ、右登記の実行は本件登記申請に関する書類が法定の保存期間一〇年を経過し全て廃棄された後である昭和四七年一〇月一四日になされたものであるから(担当登記官において本件登記申請にかかる登記済権利証の存在を知りえたなど特段の事情があるときは別として)本件の場合右登記の実行について登記官に過失はないというべきである。

2  本件登記申請に対する登記官の行為にかりに違法の点があつたとすれば、それは登記申請の対象となつた二二筆の土地のうち本件土地については登記簿に申請にかかる登記事項の記入及び校合をしないまま手続行為を完了させたところにあるとみるか、登記官が申請にかかる登記事項を登記簿に記入しないという不作為をもつてこれに該るとみるか、そのいずれかに帰するというべきであろうが、いずれにしても登記済権利証が交付されている本件の場合は右証書交付の時点(昭和三〇年一一月二八日)において不法行為として成立し、かつ終了したものと解すべきところ、原告から被告国に対し損害賠償請求がされたのは右時点から既に二〇年を経過した後である昭和五一年五月二四日であるから、原告の被告国に対する本件損害賠償請求権は、民法七二四条後段所定の除斥期間(始期は右昭和三〇年一一月二八日である。)の経過により消滅している。

かりに被告国に本件について損害賠償責任があるとしても原告にも損害発生につき左記(1)、(2)の過失があるから賠償額の算定についてこれを斟酌すべきものである。

(1)  原告は登記済権利証を受領した際これに対応する登記がなされたか否かについて確認すべきものであつたのにこれをせず、またその後贈与を受けた土地のうち山林二筆を訴外大島康男に売却し、昭和四四年五月一七日付で同人に対し所有権移転登記を経由しているが、右の際に本件土地の登記簿を閲覧するなどして調査をすれば容易に登記の遺漏を発見でき本件損害の発生を未然に防止できたものであるのにこれを怠るなど本件土地の贈与を受けた後一七年もの長期間財産保全の措置をなおざりにしてきた。

(2)  那須町においては昭和四六年に固定資産課税台帳と登記簿の照合を実施し、課税台帳上の所有者と登記簿上の所有者とを一致させる作業をした結果、本件土地についても課税台帳上の所有者が原告から被告長利に変更され、その結果原告の固定資産税納付額は昭和四六年度の二万八五〇〇円から同四七年度は二万四七九〇円に減少した。したがつて原告においてこの点に不審を抱き直ちに町役場等に照会するなどして調査をなすべきものであり、またかかる措置を講じておれば容易に本件土地についての登記の遺漏が発見し得たものであるのにこれを怠つていた。

(被告長利の主張)

原告主張事実のうち、被告長利が原告に対し本件土地を贈与したこと、本件土地の価額(ちなみに訴外仲上への売却価額は一五〇〇万円である。)及び被告長利に損害賠償責任があるとする点は否認する。その余の事実は認める。

当事者双方の証拠の提出、援用及び認否は原審記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

原告主張の請求原因事実のうち、被告長利が原告に対し本件土地を贈与したこと、登記済権利証が存すること及び原告主張の経緯により本件土地が被告長利から訴外仲上へ売却され所有権移転登記が経由されたことについて、原告と被告国との間において争いがなく、また、右請求原因事実は、被告長利の原告に対する本件土地贈与の点及び本件土地の価額の点を除いて、原告と被告長利との間において争いがない。

右の争いのない事実と<証拠略>を総合すると次のとおり認めることができる。

原告は被告長利の姉(長姉)白井カネの子であり、被告長利と原告とは叔父、甥の関係にあるところ、被告長利は早くから生家を出て家業である農業に従事することがなかつたばかりか、昭和二二年以来再三にわたり原告の父や原告から金員の借用を重ねてきたが、昭和三〇年一〇月二〇日に至り更に原告に対し金二〇万円の借用方を申入れてきた。そこで、原告は右金員を貸与するにあたり従前からの貸借関係を含めての清算と白井家の家産の維持を意図して、被告長利に対し本件土地を含め同被告が家督相続により取得した土地全部について原告に贈与することを求め、その結果被告長利は栃木県那須郡那須町大字寄居二五〇一番山林三反四畝二七歩の一筆を除き本件土地ほか二一筆合計二二筆の土地を昭和三〇年一一月一日に原告に対し贈与し、これをうけた原告は同月二八日に宇都宮地方法務局芦野出張所において本件登記申請をなし、同日同出張所昭和三〇年一一月二八日受付第八〇九号の登記済権利証の交付をうけた。

しかしながら、本件土地については、登記官による登記簿への登記事項の記入がなされなかつたため、登記簿上は依然として被告長利の所有名義のまま残される形となつたが、原告も被告長利もこれに気づかず、原告は本件土地についても他の土地と同様に植林をするなどしてこれを管理していた。ところが、昭和四七年に至り那須町役場から被告長利に対し本件土地の固定資産税納入通知があつたところから、被告長利において本件土地の登記簿謄本を取寄せ調査した結果、登記名義がなお自己に残つていることを知り、子女の学資、婚資等にあてるため、被告長利は同年九月二〇日に訴外仲上に本件土地を代金一五〇〇万円で売却し、同月二九日に登記名義人住所変更登記をなしたうえ同年一〇月一四日に訴外仲上に対し右売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

かように認められ、右被告本人供述中右認定に反する部分はたやすく措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右事実によれば、本件土地について、被告長利は贈与者として受贈者たる原告に対しその贈与を原因とする所有権移転登記をして原告に完全な所有権を取得させる義務を負うものであるにもかかわらず、登記官の過誤により登記簿上依然として自己の所有名義に残つていたことに乗じて、これを訴外仲上に売却し、昭和四七年一〇月一四日にその所有権移転登記を経由したことにより、原告をして、右贈与により取得した本件土地についての所有権を喪失するにいたらしめたことが明らかであるから、原告に対して右所有権喪失による損害を賠償する責に任ずべきである。しかして、右損害は、右所有権喪失の日である昭和四七年一〇月一四日当時の本件土地の価格相当額であるというべく、その額は、原審における鑑定の結果によれば、二七二〇万円であると認めるのが相当である。

本件土地について、登記官が本件登記申請を受理したにもかかわらず、その登記をすることを遺漏したという前判示の過誤が被告長利の本件不法行為の誘因となり、ひいて原告の本件土地所有権喪失の遠因となつたものと認めうるが、かかる登記の遺漏があれば、譲渡人がこれに乗じて当該物件を第三者に二重に譲渡し、その登記を経由することにより譲受人の当該物件に対する所有権を喪失させるといつた所為に至ることが通常の事象である(かかる結果発生の高度の蓋然性がある)とは経験則上もたやすくこれを認めえないところであるから、登記官による本件登記の遺漏と原告の本件土地所有権喪失の結果とは相当因果関係を欠くものというほかなく(もとより本件の場合登記官において登記遺漏後一七年余の後にこれが第三者に二重に譲渡されるといつた特別な事情があることを予見しえたと認むべき証拠は全く存しない。)、原告の被告国に対する請求は、その余の点について判断するまでもなく失当として棄却を免れない。

以上によれば、原告の本訴請求は、被告長利に対し不法行為による損害賠償として金二七二〇万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五一年九月二四日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるが、同被告に対するその余の請求及び被告国に対する請求はいずれも失当として棄却すべきである。

よつて、右と結論を同じくする原判決は相当であつて、原告及び被告長利の各控訴はいずれも理由がないから失当としてこれを棄却し、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中川幹郎 梅田晴亮 上野精)

目録 <略>

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